2010年8月26日木曜日

日清戦争と軍事のバランス-崩れ行く伝統的均衡(1)

極東の伝統的な均衡が破壊される過程は、マジェランの
世界一周以来数多くの段階があります。

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とくに19世紀になってからは1840年のアヘン戦争、
58年の愛揮条約、60年の北京条約(沿海州割譲)など、
いわゆる西力東斬も急テンポになりますが、
どれか一つだけ決定的なものは、といわれると、
それは日清戦争になります。

実は日本だけにとってみれば、日清戦争はその後の
日露戦争と一緒にしてはじめて意味をなすもので、
それ自体だけであまり意味はない戦争でした。

もちろん日清戦争で日本は台湾と莫大な賠償金を
獲得しますが、それは戦争の本来の目的では
ありません。

戦争の目的は一にかかって朝鮮半島における日本の
覇権を確立し、日本の安全保障を確実にする
国際環境を確保することでした。

しかし最終的に日露戦争に勝って強制的に韓国を
併合するまでは、日本の朝鮮政策はまるでザルで
水を汲んでいるようでした。

明治十七年の甲申の変で金玉均の独立党の
クーデターが成功して親日政権ができると
すぐに清兵が介入して、政権は三日天下に終わり、
そのあと日清戦争までは朝鮮半島のヘゲモニーは
完全に清国が掌握します。

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