2010年8月15日日曜日

韓民族の抵抗(4)

ところが、防戦となるとこれまた驚くべき能力を発揮します。

さきの高麗の乙支文徳が隋軍を破った勝利と並び
称されるのは1018年がら19年にかけての契丹軍の
十万の入寇を迎え撃ち、牛の皮で川をせき止めて
一挙に切って落とすという奇策を用いて、生還者僅かに
数千人といわれる勝利である。

いずれも、日本の歴史でいえば、日本海海戦に比すべき
意義のある大勝利として韓民族の心に深く残っている。

また唐軍を迎えての七年間の唐羅戦争を戦い抜いて
ついに唐に勝ちを許さなかった新羅の勇戦ぶりも
また立派なものだ。

どうしてそういうことなのか、やはり東夷諸国の中では
早くから民族国家としての体をなし、文化の程度も
高かったから侵入軍に対して組織的な抵抗ができたのも
当然だが、韓民族の特性として三・一宣言を起草した
大学者催南善の論文等でよくいわれていることだが、
民族の純粋性に対する信仰、裏からいえば他民族に対する
排他的には独特のものがある。

一つは言語のちがいもある。

漢民族の南方の種族はタイに至るまで、漢字音のある
同系統の言語なので中国に同化されやすいのだが、
韓国語は日本語と同じようなのっぺらぼうな発音の
言葉でとても中国語になじまない。

漢民族としてもこういう種族は漢北におい払うか、
高句麗の末路のように住民を中国各地に強制移住させて
民族として抹殺するしかなく、そうでなければ
朝貢宗関係が一番よいかたちかもしれない。

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