第二は、中国特有の宗主藩属関係で、これは一言でいうほど
簡単なことではないので深入りはしないが、
一般的にいって中国の脅威とならないかぎりあえて
征服しよとしないという傾向があるといえる。
日本の場合はごく短期間を除いては宗主権が及んだと
いえる時期はないが、中国が外征を好まない傾向を
もつ恩恵は受けている。
「小国の区々たる貢を争い、虚名を求めて遠征を
事とする」というのは、日本が明治の初め
琉球王に対清朝貢を禁止し、琉球王は
泣いて清朝の援け求め、駐日清国公使も
「琉球を取らせれば次は日本は朝鮮を取りにくる。
いまは日本が西南戦争のあとで疲弊しているから、
清国が干渉すれば成功する」
このときでも日清の話し合いがつかず清国が
実力を使えば日清間に兵が動いたわけだが、
この清国の自制で琉球問題は日本が既成事実を
つくったままで収まる。
これが
バックス・シニカの構造の一つの例といえる。
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